私が初めてこの作品を見たときの感想として覚えているのは、メッセージ性を全く感じなかったことです。
もちろん、テーマがあるのは感じますし、何か伝えたいことがあるのも感じますが、積極的にメッセージとして伝える姿勢を感じなかったんですね。
『もののけ姫』ではかなりメッセージ性を感じましたが、『千と千尋』では感じません。
後から掘り下げて考えればいろいろ出てきますが、もっと純粋に楽しむことを意図しているのではないかと感じました。
これは、のちに監督のインタビューにおいて概ね正しかったことがわかりました。
監督は、知人の女の子に見せるというテーマ、目的でこの映画を作ったそうです。
つまり、女の子が普通に見て楽しむことを一番に置いて、メッセージそのものは前面に出てこないように配置したんですね。
だから、鑑賞後の余韻が何か変な感じになるんです。
良いものを観た感じはするんですが、物語が論理ではなく直感的な子供の価値観で語られているため、それが何なのか言語化しづらい。
だから、基本的には、この作品は普通に娯楽作品として楽しめば、それで十分なのだと思います。
そこに敢えて解説を付け加えるというのは制作者の意図を超えた行いなので、ここから先は真に受けずに軽く読み流してください。
特筆すべき点は、ヒロインとなる女の子がちょっとブサイク目に描かれているところですね。
いわゆる普通の女の子が成長してゆく様を描くために、序盤は敢えて落としておいて、話が進むにつれてより生き生きした姿へと描き方を変えてゆく、そういう手法がとられています。
でも、監督自身は、「これは千尋の成長物語ではない」と言っています。
「は?」ってなりますよね笑
では、一体何なのか。
はっきり言って、私にはわかりません笑
要所要所のモチーフは想像できますが、結局全体として何を描いているのかは伝わってきません。
世界観としては、これは幼い子供の目を通した世界のメタファーなんだろうなということはわかりますね。
冒頭、豚になる両親は、目先の欲で社会に家畜化されている姿を映しているのでしょう。
てきぱきと常人離れした手つきで作業ができる職人がいたとしたら、手足が8本もあるように見えるかもしれません。
自分の幼かった頃を思い出してください。湯婆婆みたいな強欲ババアが、周りにいませんでしたか。
子供の目線で世界を描く。
そこに、監督自身の感じている現代社会のありようを乗せてゆく。
社会の本質的な姿として「性風俗産業」というものが題材として選ばれています。
巧妙に隠蔽されているので普通に観ていると気づきませんが、特に男性は、この映画にエロティシズムの存在を感じます。
女性はほとんど感じないようで、これは男性特有のロリコン趣味によるものです。
ペドフィリアという表現は生々しいのでロリコンという表現を採用しておきますが、はっきり言えるのは「萌え」ではなくもっと生々しく性的なものだということです。
ヒロインがブサイクなのも生々しさに寄与しています。
もし、子供の目線で描くというフィルターを外してこの映画を生々しく描写したとすると、年齢制限がついた上に倫理的にカットになるシーンも出てくるだろうと思います。
そういう生々しい世界が描かれています。
普通に工場で働くとかではなく、風俗店(遊郭)で働くという設定にしている点には、確実に意図があると思います。
もっとも、それが社会の本質であるという主張は正しいと思いますし、何も間違ったことは描かれてません。
子供ではなく大人の我々が視聴する際には、一定のセクシュアリティを描くことを忌避していないことには気づいて欲しいと思います。
それでこそ、この作品の姿がよりはっきり認識できるのだろうと思います。
「カオナシとは資本主義社会における欲望の象徴である」などともっともらしい解説もできるんでしょうが、私はそこにはあまり興味がありません。
制作者もそこには大きな興味を持っていない気がします。
カオナシは、典型的に文学作品でよく描かれる人間の姿で、珍しい発明でもなんでもありません。
誰しもが持つ人間の側面です。
ハクも、何らか弱みを握られたり借金などの理由でこき使われている男が、少女の内的世界ではあのように見えるのでしょう。
つまり、大人が幼子たちに隠すような社会のありのままの姿を、幼い女の子の目線で見たらこうなるという世界が、『千と千尋の神隠し』なのでしょう。
そう思って作品を見直すと、本当にうまく大人の目線を削除して子供の目線だけで世界を描いています。
そう思って見ていると、「ここ、アウトだな笑」と思うシーンも結構あります。
この作品が持つメッセージは、解説も要らない程度のわりと凡庸なものだと思います。
始めからそういう意図で作られているんですからそれでいいんです。
大人が寄ってたかって解説する作品じゃない。
強いて言うなら、汚い大人の世界を子供の目線で描くというその世界観の変換が、素晴らしい。
言ってしまえば、まあ、それだけではあります。
子供向けなので中身は濃くないけど、大人の視聴にも耐えるよう完成度だけは異常に高く作ってある。
それが本質かなと思います。
だからこそ、ここまで万人にウケるんですが、天邪鬼な私はこの作品、あんまり好きじゃないんですね。
人気がない『ハウル』とかの方が全然好きです。
でも、万人におすすめできる完成度の高い作品としては、確かにこの作品は全アニメ中揺るぎないナンバーワンだとは思います。
Blu-ray
千と千尋の神隠し